自分を書く文章 ぶんぶん通信「みや」ログ 

執筆者「みや」の想いや考えを共有して、共感出来る人に繋がりたい。その中で、視点や考え方が読んでくださった方に役立てばと思います。

キラキラ語にしたがる奴等

これまでのブログは読んで下さってる人達に若干媚びてる感が出てる気がしたので、今回の記事は少し攻撃性を感じるかもしれないです。

 

 

と言うのも、自分の事を知ってもらう為に書いているんだから、いい加減猫被りのいい子ちゃんぶってんじゃねぇよ、お前さんって心の何処かで声が聞こえたのだ。

 

攻撃性はあるかもしれないけど、これも自分の中にある事でもあるので、色々な人達を敵にする覚悟で書いてみよう。

今回は手始めにこの辺から。

 

キラキラ語というのは造語で、どんな事かと言うと例にすると、

 

円を縁。

元気を元氣。

出会いを出愛。

仕事を志事。

頑張るを顔晴る

 

最近新しく見たのは、かみ合うを神合う。

 

 

こんな感じに、とにかく漢字を当ててキラキラさせたがる人種というのがこの日本には居やがる。

 

使ってる裏では

 

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こんな意識が見え隠れしすぎている。

しかし本人達は気付いてないのだ。

 

 

大体意識高い系かスピリチュアルに浮かれた人がやってしまう傾向が強い。

多分、見かけた事がある人も結構居ると思う。

一定数の嫌いな人も居ると思う。

まぁ、今に始まった事でもなくて、もう何年も前から出ているので、ある意味今更な話でもあるかもしれない。

 

 

言っておくけど夜露死苦とか走死走愛と感性とかレベル変わらないからな!

 

実はスピリチュアルに浮かれた人達が溢れている様な場所に居た時期があって、一時期Facebookに流れて来るのがこのキラキラ語でいっぱいになった事もある。

 

正直これらを使う人たちと話がちゃんと出来た試しがない。

どいつもこいつも浮ついてやがって仕方ない。

こういった人達は自己啓発のセミナーなり、スピリチュアルな会に出て触れた結果、使い始めるパターンがほとんどだから、薄っぺらいのだ。

 

 

この薄っぺらさについてはある能力が高いと僕は見ていて、それらの人達を僕は

「パリポテ」と呼んでいます。この「パリポテ」については、また別の機会に語りたいと思います。

 

 

他人が使う言葉をそのまま違和感も無く使えてしまう、厚顔無恥にも等しい、ある意味素直で、ある意味愚かな人達。

割と出始めのタイミングで試しに使って見たことがあったんですが、一回か二回ですぐに辞めました。

 

だって気持ち悪いんだもの。

 

違和感でしかない。

稀に、本当に稀に心の底からそう感じて使ってる人が居たりするけど、そういう人が言う場合だと変な違和感や気持ち悪さを感じたりはしない。

おそらく薄っぺらではないからだと思う。 

 

 

そういった人と気持ち悪い人は何が違うのかと言えば、おそらく言葉を字面だけで見ている人かどうかなのか、言っているだけなのかそうではないか、だと思われる。

 

ありがとうを〇〇回言いましょう。みたいなのは本質は言ってないと言うこと。

いや、正確には本質は言っていても、言い方が雑いと言えばいいかな。

階段を4段飛ばしくらいになってる。

 

伝える側の連中の責任というか、それを受け取る側が基本バカな連中ばかりで、色々なセミナーや自己啓発、スピリチュアルなものに触れても結局本質を見れてない。

 

変に「言霊が〜」とか「エネルギーが〜」とか「見えない世界が〜」とか言ってる人に限って、字面だけ見るという事に陥っている。

目に見えるものに囚われている。

ミイラ取りがミイラに現象に気付いてない。

 

そして、そういう言葉を使う事によっておかしな優位性を感じてる人となってしまっている人の割合が思いの外多い多い。

 

これは最早「パリポテ」の性質と言ってもいい。

だから無駄かもしれないけど、いい加減他の人が言ってた事じゃなくて、もっと自分の言葉でいいじゃん。

 

そういう言葉を率先して使ってる、いわゆるリーダーや指導者的な立場の奴等もさ、そろそろその辺から卒業したらどうなんだ。まぁ、この辺の馬鹿な部分を利用して食い物にしてるから、早々辞められないんだろうけど。

 

僕はちゃんと自分の言葉として言ってる、使ってる人を知ってるから、そうじゃない人なんてすぐにわかってしまうので、「自分は違う、ちゃんと捉えられてます」っていう人手を挙げて連絡下さい。

 

そんな感じで、今回言いたいのはキラキラ語を使うにしても、ちゃんと自分の言葉として落とし込んでから使えや、って事。

こんなの書くとスピな人とかは「受け入れられないのは貴方の中にもある事」的な事言うけど、今回僕が言いたいのは薄っぺらな言葉で使っている奴等に対してだからな。

 

Aという反応を見たらBという答えしか出して来ない奴、ほんっとウザいです。

 

使うのは否定するつもりはないけど、本当にその表現でいいのか自分に問い正してからキラキラすればいいと思う。

 

自分の言葉で話せる人と話したい。

かくいう僕も、まだまだ強い言葉を自分の言葉で使うのは、使い慣れてないな、って実感した記事だった。

 

「みや」

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